相内誠の現在は?元西武投手の経歴と格闘家転身、2026年の活動を徹底解説
相内誠は現在、どのような活動をしているのでしょうか。元埼玉西武ライオンズの投手として知られ、プロ野球引退後はキックボクサーに転身した相内誠。2026年10月現在、格闘技のリングだけでなく、本人の公開プロフィールに記載された事業活動にも関心が集まっています。
1994年7月23日生まれ、千葉県出身の相内誠は、2012年のドラフト会議で西武から2位指名を受けてプロ入りしました。2014年から2017年までは登録名を「誠」としてプレーし、2020年のプロ野球引退後は立ち技格闘技の世界へ。野球選手時代の実績、格闘家としての戦績、現在の活動を公表情報や報道に基づいて整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の活動:格闘家への転身後、本人の公開プロフィールには六本木の会員制バーの代表やアパレルブランド「siel」のプロデュースも記載されている。
- 野球選手時代:2012年ドラフト2位で西武に入団。2014~2017年は登録名「誠」でプレーし、プロ通算21試合、0勝7敗、防御率10.05を記録した。
- 格闘技の戦績:RISEなどでプロのキックボクシングに挑戦。RISE公式プロフィールに掲載されたプロ戦績は3戦3敗で、2026年の新たな試合予定は同プロフィールに掲載されていない。
【相内誠の現在】格闘家としての活動と実業家としての顔
相内誠の現在を知るうえで押さえておきたいのは、プロ野球を引退したあと、格闘技への転身に加えて事業活動にも取り組んできたことです。
本人の公開プロフィールとして掲載されている紹介文には、プロ野球選手としての活動期間を2012~2020年、プロ格闘家としての活動を2021年以降と記載。さらに、六本木の会員制バーの代表、アパレルブランド「siel」のプロデュースも掲げられています。
ただし、プロフィールに事業名が記載されていることと、2026年現在の営業状況や事業規模が確認できることは別です。公開情報から読み取れるのは、相内が格闘技だけに活動領域を限定せず、飲食・接客やファッション関連の仕事にも取り組んできたという点です。
一方、格闘家としての直近の動向には注意が必要です。RISE公式サイトには現在も選手プロフィールが掲載され、プロ戦績は3戦3敗とされています。しかし、同プロフィールに掲載された最後の試合は2023年2月12日です。2026年に新たな公式戦へ出場したことを示す情報は、同ページには掲載されていません。
そのため、相内誠の現在については「格闘家への転身後も事業活動を展開してきた人物」と捉えるのが実態に近いでしょう。継続的に試合へ出場している現役ファイターなのか、事業活動に重点を置いているのかを判断するには、選手プロフィールだけでなく、最新の大会発表や本人の公開発信も確認する必要があります。

【相内誠のプロフィール】富津市出身・柏市生まれと登録名「誠」の由来
相内誠は1994年7月23日生まれで、2026年10月現在は32歳です。野球選手としては185センチの長身を生かした右投右打の投手でした。プロ入り前から将来性を評価され、2012年のドラフト会議では埼玉西武ライオンズから2位指名を受けています。
出身地の表記には資料による違いがあります。人物情報では「千葉県富津市出身、柏市生まれ」と紹介される一方、RISE公式プロフィールや日刊スポーツの略歴では千葉県柏市が出身地として記載されています。両者を一律に同じ意味として扱うのではなく、出生地と出身地の表記を区別して見ることが大切です。
高校は千葉国際高校で、当時は投手として活躍しました。高校時代には「房総のダルビッシュ」と呼ばれることもあり、プロ入り前から注目を集めていました。ただし、甲子園出場経験はありません。
相内誠の名前を検索すると、「登録名はなぜ『誠』だったのか」という疑問も見られます。日刊スポーツの2013年11月28日付報道によると、相内は翌2014年シーズンから登録名を「誠」に変更することを明かしました。本人は自分の名前が好きで、覚えてもらいやすいことも理由に挙げています。
この登録名は2014年から2017年まで使用されました。2018年以降は「相内誠」の名前でプレーしています。短い名前で知名度を高めようとした取り組みは、当時の相内を象徴するエピソードの一つです。
【相内誠の野球選手時代】ドラフト2位からプロ初登板、1軍未勝利まで
相内誠のプロ野球人生は、2012年のドラフト2位指名から始まりました。高い身体能力と投手としての将来性が評価され、埼玉西武ライオンズに入団。2013年から球団に所属し、2014年9月13日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦で1軍公式戦に初登板しました。
ただし、1軍でのキャリアは期待されたほどの結果にはつながりませんでした。日本野球機構(NPB)の個人年度別成績によると、1軍で登板したのは2014年、2016~2019年の各シーズン。通算21試合に登板しましたが、勝利を挙げることはできませんでした。
一方で、能力がなかったと単純に評価するのも適切ではありません。スポニチの2020年11月3日付報道によれば、相内は2015年にイースタン・リーグで12勝を挙げ、最多勝を獲得しています。ファームでは結果を残した一方、1軍では安定して実績を積み重ねられなかったという違いがありました。
特に2018年は、1軍で自己最多の10試合に登板し、防御率3.45を記録しています。限られた登板機会のなかで一定の改善を示したシーズンでしたが、プロ初勝利には届きませんでした。
NPB公式記録に基づく主な経歴は、次のとおりです。
| 時期 | 出来事 | 主な実績・内容 |
|---|---|---|
| 1994年7月23日 | 誕生 | 千葉県出身。資料によって富津市出身・柏市生まれ、または柏市出身と記載 |
| 2012年 | ドラフト指名 | 埼玉西武ライオンズから2位指名 |
| 2013年 | プロ野球入団 | 西武に入団。2014年からの登録名変更を発表 |
| 2014~2017年 | 登録名「誠」 | 2014年9月13日に1軍公式戦初登板 |
| 2015年 | ファームで活躍 | イースタン・リーグで12勝、最多勝を獲得 |
| 2018年 | 1軍で登板機会を増やす | 10試合登板、防御率3.45 |
| 2020年 | プロ野球引退 | 西武から戦力外通告を受け、野球引退を表明 |
| 2021年 | 格闘家デビュー | RISEでプロのキックボクシングに挑戦 |
| 2023年2月12日 | シュートボクシングに参戦 | 仲田光大と対戦し、2ラウンドKO負け |
プロ通算成績は21試合、0勝7敗、防御率10.05、投球回43回、奪三振32です。数字だけを見ると厳しい結果ですが、ファームでの実績と1軍での成績を分けて見ることで、相内の野球選手時代をより正確に理解できます。

【プロ野球引退後】2020年の退団と格闘技への転身
相内誠がプロ野球を離れたのは2020年です。西武は同年、相内に戦力外通告を行い、相内自身も球団を通じて野球を引退し、新たな道へ進む意向を示しました。
引退に至るまでの経緯では、競技成績だけでなく、球団から受けた処分も無視できません。日刊スポーツなどの報道によると、相内はプロ入り前の無免許運転に関する問題や、2014年の未成年飲酒・喫煙問題などで処分を受けていました。
さらに2020年には、新型コロナウイルス感染拡大に伴う自粛期間中の外出と、同僚の佐藤龍世が運転する車の速度超過が判明しました。西武は同年8月、両選手に無期限の対外試合出場禁止およびユニホーム着用禁止の処分を科したと発表しています。
その後、相内は野球から離れ、キックボクシングを中心とする格闘技の世界へ進みました。スポニチの2020年11月3日付報道では、プロ入り前からキックボクシングのトレーニングを行っていたことや、本人が格闘技への関心を持っていたことが伝えられています。
つまり、格闘技への転身は、引退後に突然思いついた進路というだけではありません。野球以外の競技に以前から関心があり、プロ野球引退を機に本格的な挑戦へ踏み出したという背景があります。
もっとも、野球で培った体格や身体能力が、そのまま格闘技の実績に直結するわけではありません。投手としての投球技術と、パンチやキックを使って相手と対峙する立ち技格闘技では、求められる技術も試合の組み立ても異なります。相内の転身は、競技を変えることの難しさを示す事例でもあります。
【相内誠の格闘家としての活動】RISEの戦績とBreakingDownでの勝利
相内誠は2021年2月28日、立ち技打撃格闘技イベント「RISE ELDORADO 2021」でプロの格闘家としてデビューしました。対戦相手はDelgermuru拳信王(デリゲルムルン・ケンシンオウ)。相内は1ラウンドでTKO負けを喫し、プロ初戦を勝利で飾ることはできませんでした。
デイリースポーツなどの試合報道では、相手の攻撃を受けて試合を終えたことが伝えられています。野球から格闘技へ転身したばかりの相内にとって、プロのリングで技術と経験の差に直面する試合となりました。
その後、相内は2021年11月27日の「BreakingDown 3」にも出場し、柴田海都とのアマチュアキックボクシングの試合で1ラウンドKO勝ちを収めています。プロ戦で敗れたあとに、別の舞台で勝利を経験したことは、格闘家としての経歴を整理するうえで重要です。
ただし、BreakingDownでの勝利と、RISEなどにおけるプロのキックボクシング戦績は区別しなければなりません。RISE公式プロフィールが掲載するプロ戦績は、以下の3試合です。
- 2021年2月28日:Delgermuru拳信王に1ラウンドKO負け。
- 2022年2月16日:安彦考真と対戦し、1ラウンドKO負け。
- 2023年2月12日:シュートボクシング「SHOOT BOXING 2023 act.1」で仲田光大と対戦し、2ラウンドKO負け。
3試合はいずれも敗戦で、RISE公式プロフィールのプロ戦績は3戦3敗です。アマチュア戦での勝利はありますが、プロ戦績に勝利を加えて数えることはできません。
また、2023年2月の試合はRISEではなくシュートボクシングの大会でした。異なる競技団体や大会への出場を通じて活動していたことから、相内の格闘家としての経歴は、RISEだけを見ていてもすべてを把握できるわけではありません。
2026年10月時点で、RISE公式サイトの選手プロフィールに掲載されている最後の試合は2023年2月12日です。したがって、格闘家への転身そのものは確かな経歴ですが、2026年も継続的にプロの試合へ出場していると断定できる状況ではありません。

【2026年最新】相内誠の活動を判断するときに押さえたい3つのポイント
相内誠の現在を調べるときは、「元プロ野球選手」「格闘家」「事業家」という複数の肩書を整理することが重要です。どれか一つだけを取り上げると、現在の活動実態を誤って理解する可能性があります。
1つ目は、格闘家としての肩書と試合への出場状況を分けることです。RISE公式プロフィールには選手情報が掲載されていますが、プロフィールが残っていることだけで、直近の試合への出場や継続的な競技活動が証明されるわけではありません。新たな試合については、大会の公式発表や対戦カードを基準に判断する必要があります。
2つ目は、事業活動に関する情報の出どころを確認することです。本人の公開プロフィールには、六本木の会員制バーの代表や「siel」のプロデュースという記載があります。これは相内の活動領域を知る手がかりになりますが、事業の営業継続や経営状況までを自動的に裏付けるものではありません。
3つ目は、野球と格闘技の成績を混同しないことです。相内はプロ野球の1軍で未勝利でしたが、2015年にはファームで最多勝を獲得しました。また、格闘技ではプロ戦3戦3敗である一方、BreakingDownのアマチュア戦では勝利しています。異なる競技、異なるレベルの記録を一括りにせず、条件をそろえて比較することが正確な理解につながります。
こうした点を踏まえると、2026年の相内誠を評価する際には、過去の知名度や話題性よりも、直近の公式戦績、本人が公表する活動内容、事業に関する具体的な情報を優先して見るべきです。
【相内誠】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:相内誠は2026年現在、何をしているのですか?
A1:格闘家への転身後、本人の公開プロフィールには六本木の会員制バーの代表やアパレルブランド「siel」のプロデュースも記載されています。一方、RISE公式プロフィールに掲載された最後のプロの試合は2023年2月12日で、2026年の新たな試合予定は同ページには掲載されていません。
Q2:相内誠はなぜ登録名を「誠」にしていたのですか?
A2:2013年11月の日刊スポーツの報道によると、本人は自分の名前が好きで、覚えてもらいやすいことも理由に挙げています。登録名「誠」は2014年から2017年まで使用されました。
Q3:相内誠はプロ野球で何勝したのですか?
A3:NPB公式記録による1軍通算成績は21試合、0勝7敗、防御率10.05です。ただし、2015年にはファームのイースタン・リーグで12勝を挙げ、最多勝を獲得しています。
Q4:相内誠は格闘技で勝ったことがありますか?
A4:プロのキックボクシングでは、RISE公式プロフィールに掲載された3試合はいずれも敗戦です。一方、2021年のBreakingDown 3では柴田海都とのアマチュア戦でKO勝ちを収めています。プロ戦績とアマチュア戦績は区別して考える必要があります。
Q5:相内誠の出身地は富津市と柏市のどちらですか?
A5:人物情報では「千葉県富津市出身、柏市生まれ」と紹介される一方、RISE公式プロフィールや日刊スポーツでは千葉県柏市が出身地として記載されています。資料によって表記が異なるため、出生地と出身地を区別して確認するのが適切です。
まとめ:相内誠の現在と今後の動向を正しく理解するために
相内誠は、2012年にドラフト2位で西武へ入団した元プロ野球選手です。2014年から2017年まで登録名「誠」でプレーし、2015年にはファームで最多勝を獲得しましたが、1軍では通算0勝7敗という成績に終わり、2020年にプロ野球を引退しました。
引退後は2021年に格闘家としてデビューし、RISEやシュートボクシングの大会に出場。プロ戦績は3戦3敗ですが、BreakingDownのアマチュア戦では勝利も経験しています。また、本人の公開プロフィールには、六本木の会員制バーの代表やアパレルブランド「siel」のプロデュースといった事業活動も記載されています。
2026年10月現在、格闘家としての経歴と事業活動の両面から相内誠の歩みを捉えることが重要です。今後の動向を追う際は、過去の試合結果やプロフィールの肩書だけで判断せず、公式大会の発表と本人の最新の公開情報を確認することで、現在の活動をより正確に理解できます。 (出典: 相 内 誠(Yahoo!ニュース))