ヴェルトライゼンデの現在は?2025年の引退理由と急死までの経緯を徹底解説
ヴェルトライゼンデは、2020年の日本ダービー3着、2022年のジャパンカップ3着など、芝の中長距離路線で存在感を示した競走馬です。2022年の鳴尾記念、2023年の日経新春杯を制し、通算16戦4勝、JRA獲得賞金3億7804万7000円という実績を残しました。
しかし、2025年2月に左前脚の屈腱炎再発で現役を引退した後、種牡馬入りを目指す過程で思いがけない事故に見舞われます。同年3月29日、馬房内で転倒して大腿骨を骨折し、予後不良と診断されたため安楽死の処置が取られたことが、翌30日に馬主の森本研太氏から公表されました。2026年現在、ヴェルトライゼンデはすでに亡くなっており、種牡馬としての活動も実現していません。JRAの公式記録、JBISサーチの全競走成績、当時の競馬報道をもとに、引退から急死までの経緯と競走馬としての足跡を整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の状況:2025年3月29日に馬房内で転倒して大腿骨を骨折し、安楽死の処置が取られた。2026年現在、生存している競走馬ではない。
- 引退理由:2025年2月、左前脚の屈腱炎が再発。復帰を目指していたが、脚部の状態を踏まえて現役引退が決まった。
- 主な実績:通算16戦4勝。鳴尾記念と日経新春杯を勝ち、日本ダービーとジャパンカップではともに3着に入った。
- 760万円落札の経緯:引退後は乗馬になる予定だったが、種牡馬としての可能性を求めてサラブレッドオークションに出品され、森本研太氏が760万円(税抜き)で落札した。
【2026年最新】ヴェルトライゼンデの現在は?急死までの経緯
ヴェルトライゼンデの現在を調べるうえで、最初に押さえたいのは、現役引退と死亡が別々の出来事だったという点です。引退の直接的な理由は屈腱炎の再発でしたが、命を落とす原因となったのは、引退後に起きた馬房内での転倒による大腿骨骨折です。
2025年2月8日、JRAはヴェルトライゼンデの競走馬登録抹消を発表しました。引退後は北海道苫小牧市のノーザンホースパークで乗馬になる予定とされていました。ところが、2月13日に行われたサラブレッドオークションを経て、種牡馬入りを目指す新たな道が動き始めます。
その約1か月半後の3月29日、馬房内で転倒して大腿骨を骨折。馬主の森本氏は翌30日、Xで予後不良と診断され、安楽死の処置を取ったことを公表しました。競馬情報サイトのnetkeibaなどが報じた内容によると、種牡馬入りに向けた取り組みは、実現を前に突然終わることになりました。
時系列で整理すると、次のようになります。
- 2025年1月19日:日経新春杯に出走し、10着。これが生涯最後のレースとなった。
- 2025年2月8日:左前脚の屈腱炎再発により現役引退。JRAが競走馬登録抹消を発表した。
- 2025年2月13日:サラブレッドオークションで760万円(税抜き)で落札された。
- 2025年3月29日:馬房内で転倒し、大腿骨を骨折。予後不良と診断され、安楽死の処置が取られた。
- 2025年3月30日:馬主の森本氏が急死を公表した。
ここで注意したいのは、「屈腱炎が悪化して死亡した」という理解は正確ではないことです。屈腱炎は競走生活を終える理由になりましたが、死亡に至った直接の経緯として報道されたのは、馬房内での転倒と大腿骨骨折です。引退の理由と死亡の原因を分けて理解することが、ヴェルトライゼンデの最期を正しく知るための出発点になります。

【引退理由を解説】屈腱炎の再発で復帰が難しくなった背景
ヴェルトライゼンデは、デビューから引退まで一貫して順調に走り続けられた馬ではありませんでした。能力の高さを示す一方で、脚部の故障による長期離脱を繰り返してきたことが、その競走生活を特徴づけています。
最初の屈腱炎と約1年4か月の休養
2021年1月のアメリカジョッキークラブカップで2着に入った後、屈腱炎を発症。長期休養を余儀なくされました。日刊スポーツの当時の報道によると、休養期間は約1年4か月に及びます。
屈腱炎は、腱に損傷や炎症が生じる競走馬の重大な脚部疾患です。競走馬は高速走行時に前肢の腱へ大きな負荷がかかるため、損傷後の回復には時間を要します。症状や損傷の程度によっては、競走能力を取り戻すことが難しく、復帰後も再発への警戒が欠かせません。
2022年の鳴尾記念で復活を果たす
長期休養から復帰したヴェルトライゼンデは、2022年6月4日の鳴尾記念で見事に勝利しました。中京競馬場の芝2000メートルで、2番人気の支持に応えて1着。復帰戦で重賞を制したことは、同馬の能力と競走馬としての底力を示す結果でした。
同年11月のジャパンカップでも3着に入り、国内最高峰の舞台で改めて実力を証明します。脚部の故障で長期間走れなかった馬が、GⅠで上位争いに加わったことは、競走成績を振り返るうえで見逃せないポイントです。
2023年の再発、2024年の復帰、そして引退へ
しかし、2023年4月の大阪杯に出走した後、再び屈腱炎を発症します。その後は休養と調整を経て、2024年6月9日のエプソムカップで実戦復帰を果たしました。結果は9着。復帰は実現したものの、以前のように安定して競走を続けるには、脚部の状態が大きな課題として残りました。
陣営は2025年3月の金鯱賞を目標に調整していましたが、左前脚の屈腱炎が再発し、出走を断念。2025年1月の日経新春杯10着が最後のレースとなり、2月8日付で現役引退が決まりました。
つまり、引退理由は単に年齢を重ねたことや、近走で着順を落としたことではありません。過去に長期離脱を招いた屈腱炎が再発し、復帰後も脚部の不安を抱えていたことが大きな要因でした。2026年現在から振り返ると、鳴尾記念や日経新春杯を制した実力馬であっても、繰り返す故障が競走生活の継続を難しくする現実が見えてきます。
【760万円で落札】サラブレッドオークションと種牡馬入りの計画
ヴェルトライゼンデの引退後に注目を集めたのが、サラブレッドオークションでの落札です。重賞2勝に加えて、日本ダービーとジャパンカップで3着に入った実績を持つ馬が、引退直後にどのような道を歩むのか。競馬ファンの関心が集まりました。
当初の予定はノーザンホースパークでの乗馬
JRAの2025年2月8日付発表では、ヴェルトライゼンデは北海道苫小牧市のノーザンホースパークで乗馬になる予定とされていました。競走馬としての現役生活を終えた後、乗馬として余生を送る方向で調整されていたのです。
一方、日刊スポーツが2月13日に報じたオークション情報では、馬主だったサンデーレーシングが、種牡馬としての価値を評価してもらうために出品した経緯が説明されています。競走馬としての能力だけでなく、血統や重賞実績を次世代へ伝える可能性も考慮された取り組みでした。
760万円で落札された背景
サラブレッドオークションは2025年2月13日に終了し、ヴェルトライゼンデの最高入札価格は760万円(税抜き)となりました。入札開始価格は100万円(税抜き)で、報道によると入札数は210件でした。落札者は馬主の森本研太氏です。
森本氏は、ヴェルトライゼンデの名付け親としても知られています。落札後は、種牡馬入りに向けた道を目指すことになりました。引退時に予定されていた乗馬としての生活から、競走馬としての血を残す可能性へと進路が変わったわけです。
ただし、760万円という金額は、種牡馬としての将来の収益や競走馬時代の獲得賞金を示すものではありません。オークションで成立した落札価格であり、種牡馬として供用するには、繋養先や繁殖相手の確保など、別の条件も必要になります。
種牡馬入りは実現したのか
結論からいえば、ヴェルトライゼンデの種牡馬入りは実現しませんでした。2025年3月29日に発生した事故により、繁殖活動を始める前に亡くなったためです。
サラブレッドオークションへの出品は、同馬の血統的な価値を次世代につなぐための機会でした。父ドリームジャーニー、母マンデラという血統に加え、GⅠで複数回上位に入った競走実績も、その可能性を考える材料でした。しかし、落札されたことと、実際に種牡馬として供用されたことは別です。
この経緯から分かるのは、競走馬の引退後の進路が、必ずしも予定どおりに進むわけではないということです。乗馬、種牡馬、繁殖牝馬など、引退後には複数の選択肢がありますが、健康状態や受け入れ先、事故などの予期しない要因によって、その道が突然閉ざされる場合もあります。

【全競走成績】日本ダービー3着、ジャパンカップ3着、重賞2勝の実力
ヴェルトライゼンデの競走成績は、JRAの公式発表とJBISサーチの記録で確認できます。中央競馬での通算成績は16戦4勝。獲得賞金は3億7804万7000円で、重賞勝利は鳴尾記念と日経新春杯の2勝です。
以下は、JBISサーチの全競走成績をもとに、全16戦を時系列で整理したものです。
| 日付 | レース名 | 着順 | 主なポイント |
|---|---|---|---|
| 2019年9月1日 | 2歳新馬 | 1着 | 小倉・芝1800mでデビュー勝ち |
| 2019年10月26日 | 萩ステークス | 1着 | リステッド競走を連勝 |
| 2019年12月28日 | ホープフルステークス | 2着 | GⅠでコントレイルに続く2着 |
| 2020年3月22日 | スプリングステークス | 2着 | 皐月賞の前哨戦で2着 |
| 2020年4月19日 | 皐月賞 | 8着 | クラシック初戦に出走 |
| 2020年5月31日 | 日本ダービー | 3着 | 10番人気から馬券圏内に入る |
| 2020年9月27日 | 神戸新聞杯 | 2着 | コントレイルに次ぐ2着 |
| 2020年10月25日 | 菊花賞 | 7着 | クラシック三冠すべてに出走 |
| 2021年1月24日 | アメリカジョッキークラブカップ | 2着 | 不良馬場の芝2200mで2着 |
| 2022年6月4日 | 鳴尾記念 | 1着 | 長期休養から復帰後、重賞初制覇 |
| 2022年9月25日 | オールカマー | 7着 | 芝2200mのGⅡに出走 |
| 2022年11月27日 | ジャパンカップ | 3着 | 勝ち馬ヴェラアズールから0.1秒差 |
| 2023年1月15日 | 日経新春杯 | 1着 | 芝2200mのGⅡを制覇 |
| 2023年4月2日 | 大阪杯 | 9着 | GⅠに出走後、再び屈腱炎を発症 |
| 2024年6月9日 | エプソムカップ | 9着 | 休養を経て実戦復帰 |
| 2025年1月19日 | 日経新春杯 | 10着 | これが生涯最後のレース |
この記録から浮かび上がるのは、ヴェルトライゼンデが若い頃から高い競走能力を示し、故障による休養を経ても再び重賞を勝てる力を持っていたことです。特に日本ダービーとジャパンカップでの3着は、同馬を語るうえで欠かせない実績です。
日本ダービー3着は10番人気からの好走
2020年5月31日の日本ダービーで、ヴェルトライゼンデは10番人気という評価でした。勝ったのはコントレイルで、ヴェルトライゼンデは2分24秒9のタイムで3着。勝ち馬との差は0.8秒でした。
この世代のクラシックでは、コントレイルが圧倒的な存在感を放っていました。そのなかで、ヴェルトライゼンデはホープフルステークス2着、神戸新聞杯2着などの実績を重ね、世代上位の実力を示しています。日本ダービーでの好走は、同馬が早くから高い能力を評価されていた理由の一つです。
ジャパンカップ3着は勝ち馬と0.1秒差
2022年11月27日のジャパンカップでは、4番人気で出走し、2分23秒8で3着に入りました。勝ち馬はヴェラアズールで、タイム差はわずか0.1秒。国内外の有力馬が集まるGⅠで、勝利まであと一歩に迫る走りでした。
日本ダービーの3着が世代上位の能力を示すものだったとすれば、ジャパンカップの3着は古馬になってからも一線級と渡り合えることを証明した結果です。故障で長期間レースから離れた馬が、ここまでの実績を積み上げた点に、ヴェルトライゼンデの競走馬としての価値があります。
鳴尾記念と日経新春杯で重賞2勝
2022年6月4日の鳴尾記念では、ダミアン・レーン騎手を背に芝2000メートルを1分57秒7で走り、2着ジェラルディーナに0.1秒差をつけて勝利しました。長期休養から復帰した後の重賞制覇であり、同馬の復活を印象づけたレースです。
続く大きな勝利は、2023年1月15日の日経新春杯でした。芝2200メートルで2分14秒2を記録し、キングオブドラゴンに0.1秒差をつけて優勝。59キログラムの斤量を背負いながらGⅡを制したことも、能力を裏付ける実績となりました。
一方、最後のレースとなった2025年1月の日経新春杯では10着。これを単純に能力の衰えだけで説明することはできません。過去の故障歴、休養期間、復帰後の調整状況などを含めて見る必要があります。競走成績の着順だけでは、馬が置かれていた状況のすべては分からないのです。
【血統を分析】父ドリームジャーニーと半兄ワールドプレミアの関係
ヴェルトライゼンデは、父ドリームジャーニー、母マンデラという血統です。母のマンデラはドイツ由来の血統を持ち、ヴェルトライゼンデは父系と母系の双方から競走馬としての特徴を受け継いでいます。
父ドリームジャーニーはGⅠを3勝した実力馬
父のドリームジャーニーは、2006年の朝日杯フューチュリティステークス、2009年の宝塚記念、同年の有馬記念を制したGⅠ馬です。小柄な馬体ながら鋭い末脚を武器に活躍し、古馬になってからも一線級で結果を残しました。
ヴェルトライゼンデも芝の中距離から長距離で実績を残し、GⅠで上位に食い込む競走能力を見せました。父と同じように大舞台で存在感を示した点は、血統を振り返るうえで興味深い部分です。ただし、競走能力や脚部の故障が血統だけで決まるわけではなく、個体ごとの体質や調教、レースでの負荷なども関係します。
半兄ワールドエース、ワールドプレミアも重賞・GⅠで活躍
母マンデラを同じくする半兄には、ワールドエースとワールドプレミアがいます。半兄とは、父または母の一方を共有する兄弟のことです。ヴェルトライゼンデの場合、母が同じで父が異なるため、母系のつながりを持つ兄弟に当たります。
ワールドエースは皐月賞2着などの実績を持ち、ワールドプレミアは菊花賞と天皇賞・春を制したGⅠ馬です。いずれも種牡馬となっており、ヴェルトライゼンデが引退後に種牡馬入りを目指した際、血統的な背景として注目された理由の一つでした。
ただし、半兄が種牡馬として供用されたことと、ヴェルトライゼンデ自身が同じ成功を収められたかどうかは別の問題です。種牡馬としての評価には、血統だけでなく競走実績、健康状態、繁殖牝馬との相性、産駒の成績など複数の要素が関わります。
競走実績と血統的価値が交差した引退後の選択
ヴェルトライゼンデは、重賞2勝に加え、日本ダービーとジャパンカップで3着という実績を残しました。さらに、半兄にGⅠ馬を持つ血統背景もありました。サラブレッドオークションで種牡馬としての可能性が検討されたのは、こうした競走実績と血統の両面に価値が見いだされたためです。
しかし、種牡馬入りは計画の段階で終わりました。競走馬としての能力を次世代につなぐ道が開かれかけたところで事故が起きたことは、同馬の生涯を振り返る際に大きな意味を持ちます。残された競走記録や血統情報を通じて、その価値を伝えていくことが、現在できる振り返りの一つです。

【ヴェルトライゼンデ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ヴェルトライゼンデは2026年現在、生きていますか?
A1:いいえ。2025年3月29日に馬房内で転倒して大腿骨を骨折し、予後不良と診断されたため安楽死の処置が取られました。翌30日に馬主の森本研太氏が公表しています。
Q2:ヴェルトライゼンデの急死の理由は屈腱炎ですか?
A2:直接の原因として報じられたのは、馬房内での転倒による大腿骨骨折です。屈腱炎は2025年2月の現役引退につながった病気であり、死亡に至った事故とは区別して理解する必要があります。
Q3:ヴェルトライゼンデは種牡馬になりましたか?
A3:種牡馬入りを目指していましたが、実際に種牡馬として供用される前に亡くなりました。2025年2月13日にサラブレッドオークションで760万円(税抜き)で落札された後、繁殖活動を始める前に事故が起きています。
Q4:ヴェルトライゼンデの競走成績と主な勝ち鞍は?
A4:JRA通算16戦4勝、獲得賞金3億7804万7000円です。主な勝ち鞍は2022年の鳴尾記念(GⅢ)と2023年の日経新春杯(GⅡ)。日本ダービーとジャパンカップでは、ともに3着に入りました。
Q5:ヴェルトライゼンデの血統上の特徴は何ですか?
A5:父はGⅠ3勝馬のドリームジャーニー、母はマンデラです。半兄にワールドエースとワールドプレミアがおり、後者は菊花賞と天皇賞・春を制しています。こうした血統背景も、引退後に種牡馬としての可能性が検討された理由の一つです。
まとめ:ヴェルトライゼンデが残した実績と、引退後の経緯を正しく理解する
ヴェルトライゼンデは、2020年の日本ダービー3着、2022年のジャパンカップ3着、鳴尾記念と日経新春杯の重賞制覇など、芝の中長距離路線で確かな実績を残した競走馬です。通算16戦4勝、JRA獲得賞金3億7804万7000円という数字は、その競走生活を端的に示しています。
一方で、屈腱炎の再発による長期休養と再発後の引退、そして種牡馬入りを目指す過程で起きた事故は、同馬の生涯に大きな影を落としました。2025年2月に現役を引退し、760万円で落札された後、同年3月29日に馬房内で転倒して大腿骨を骨折。予後不良と診断され、安楽死の処置が取られたことで、種牡馬としての未来は実現しませんでした。
【プロの結論】ヴェルトライゼンデの生涯を振り返る際は、競走成績、引退理由、死亡に至った事故を分けて理解することが大切です。屈腱炎は競走生活を終える原因となりましたが、急死の直接的な経緯は馬房内での転倒と大腿骨骨折でした。また、オークションで落札された事実は、種牡馬入りが実現したことを意味しません。
競走馬の評価は、勝ち鞍や着順だけで完結するものではありません。故障からの復帰、大舞台での善戦、引退後の進路、そして血統を次世代へつなぐ可能性まで含めて見ることで、その馬が残したものをより立体的に理解できます。ヴェルトライゼンデは、限られた競走生活のなかでGⅠの舞台に何度も立ち、復帰後にも重賞を勝った馬として、競馬史にその名を残しています。 (出典: ヴェルト ライゼン デ(Yahoo!ニュース))