二所ノ関とは?2026年最新の部屋・一門の違いと大の里、稀勢の里の現在を徹底解説
「二所ノ関」と検索すると、二所ノ関部屋、二所ノ関一門、元横綱・稀勢の里の現在、そして横綱・大の里の活躍など、さまざまな情報が見つかります。しかし、この名称は相撲部屋だけでなく、親方が襲名する年寄名跡や、複数の相撲部屋が属する一門にも関係しているため、混同しやすいのが実情です。
2026年10月現在、二所ノ関部屋は第72代横綱・稀勢の里の二所ノ関寛親方が率い、茨城県稲敷郡阿見町を拠点に活動しています。所属する第75代横綱・大の里は、2026年9月場所で幕内優勝を果たしました。日本相撲協会の公式番付・力士プロフィールと部屋の公式情報をもとに、名称の違い、歴史、最新の所属力士、稽古環境、見学方法まで整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:二所ノ関部屋は個別の相撲部屋、二所ノ関一門は複数の部屋を束ねる系統で、意味が異なります。
- 要点2:2026年現在の師匠は元横綱・稀勢の里の二所ノ関寛親方。横綱・大の里と十両・白熊らが所属しています。
- 要点3:部屋は茨城県阿見町にあり、2面の土俵やトレーニング設備を備えています。稽古見学は原則として後援会会員向けの指定日制です。
【まず整理】二所ノ関部屋と二所ノ関一門は何が違う?
二所ノ関という名称を理解するうえで、最初に押さえたいのが「部屋」「一門」「年寄名跡」の違いです。いずれも大相撲の組織や伝統に関係しますが、それぞれ役割が異なります。
二所ノ関部屋は、師匠が弟子を育成し、日々の稽古や生活を指導する個別の相撲部屋です。現在の師匠は、現役時代に第72代横綱・稀勢の里として活躍した二所ノ関寛親方です。
一方、二所ノ関一門は、二所ノ関部屋を含む複数の相撲部屋が属する系統を指します。大相撲には二所ノ関一門のほか、出羽海一門、時津風一門、高砂一門、伊勢ヶ濱一門があり、複数の部屋が一門というまとまりを形成しています。
さらに、年寄名跡の「二所ノ関」は、親方が襲名する名称です。現在の二所ノ関親方は、現役時代の四股名である稀勢の里とは異なる名前で協会の親方として活動しています。
この3つを区別すると、インターネット上で見かける「二所ノ関部屋の歴史」と「二所ノ関一門の歴史」が必ずしも同じではない理由も理解できます。部屋の名称が変わっても、一門全体の系統が同じように消滅したり、別の一門に変わったりするわけではありません。
なお、2026年の二所ノ関一門には、二所ノ関部屋のほか、放駒部屋、佐渡ヶ嶽部屋、田子ノ浦部屋、中村部屋など、複数の部屋が属しています。日本相撲協会が公表する個別の部屋情報と、一門に関する相撲報道を分けて確認することが、正確な理解につながります。

【歴史と改称の経緯】旧二所ノ関部屋から稀勢の里の部屋へ
現在の二所ノ関部屋を理解するには、伝統ある旧二所ノ関部屋の歴史と、稀勢の里が率いる現在の部屋が成立した経緯を分けて考える必要があります。
旧二所ノ関部屋は、横綱・玉錦や昭和の大横綱・大鵬らを輩出した名門です。共同通信の用語解説や当時の日刊スポーツの報道によると、旧部屋は2013年初場所を最後に閉鎖されました。その後、2014年12月に松ヶ根部屋からの名跡変更によって二所ノ関部屋が再興されました。
その再興された二所ノ関部屋は、2021年末に再び大きな転換点を迎えます。当時の荒磯親方、元横綱・稀勢の里が年寄名跡「二所ノ関」を襲名することになり、荒磯部屋も二所ノ関部屋へ改称されました。それまでの二所ノ関部屋は、元関脇・玉乃島の放駒親方が継承し、放駒部屋となりました。
つまり、2026年現在の二所ノ関部屋は、旧二所ノ関部屋の建物や運営組織をそのまま引き継いだものではなく、荒磯部屋が伝統の名跡を継承して改称した部屋です。名称の継承と、施設・所属力士・運営主体の継承は、それぞれ分けて理解する必要があります。
| 時期 | 出来事 | 意味・背景 |
|---|---|---|
| 戦前から昭和期 | 旧二所ノ関部屋が発展 | 横綱・玉錦や横綱・大鵬らを輩出した名門として知られる。 |
| 2013年1月 | 旧二所ノ関部屋が閉鎖 | 師匠の健康問題などにより、部屋の運営継続が困難になった。 |
| 2014年12月 | 松ヶ根部屋から二所ノ関部屋へ改称 | 元大関・若嶋津の松ヶ根親方が名跡を襲名し、部屋名が復活した。 |
| 2021年12月 | 稀勢の里が二所ノ関を襲名 | 荒磯親方が伝統の名跡を継承し、部屋名の変更が決まった。 |
| 2022年1月 | 荒磯部屋から二所ノ関部屋へ改称 | 従来の二所ノ関部屋は放駒部屋として再出発した。 |
| 2022年6月 | 茨城県阿見町で部屋開き | 新たな施設を拠点とする育成体制が本格的に始まった。 |
| 2025年7月 | 大の里が横綱に昇進 | 二所ノ関部屋から第75代横綱が誕生した。 |
| 2026年9月 | 大の里が幕内優勝 | 九州場所を前に、同部屋の看板力士として実績を重ねた。 |
改称の理由は、稀勢の里が伝統の年寄名跡を襲名したことにあります。部屋名の変更は、単なる名称変更ではなく、相撲界の名跡継承と部屋の運営主体の再編が重なった出来事でした。
【2026年最新】二所ノ関親方・大の里・白熊の現在
2026年の二所ノ関部屋を語るうえで、師匠の二所ノ関寛親方、横綱・大の里、十両・白熊の3人は特に重要です。それぞれが、指導者としての実績、最高位での活躍、関取としての成長という異なる役割を担っています。
二所ノ関親方(元稀勢の里)は現在も師匠として後進を育成
二所ノ関寛親方は1986年7月3日生まれ、茨城県出身です。2002年に角界へ入り、2004年5月場所で新十両、同年11月場所で新入幕を果たしました。2012年1月場所で大関に昇進し、2017年3月場所で第72代横綱に昇進しています。
2019年1月場所限りで現役を引退した後は、後進の指導に取り組んできました。日本相撲協会の公式プロフィールによると、現役時代の生涯戦歴は800勝496敗97休。引退後の2021年3月には早稲田大学大学院スポーツ科学研究科を修了しています。
部屋の公式サイトでは、伝統を理解したうえで科学的な稽古やスポーツビジネスの手法を取り入れる考え方を示しています。現役時代の経験だけに頼らず、育成環境や部屋の経営まで視野に入れている点が、現在の二所ノ関親方の特徴です。
横綱・大の里は2026年9月場所で優勝
大の里泰輝は2000年6月7日生まれ、石川県河北郡津幡町出身です。日本相撲協会の公式プロフィールによると、2023年5月場所で初土俵を踏み、2024年1月場所で新入幕、同年11月場所で大関に昇進しました。そして2025年7月場所で第75代横綱となっています。
大の里の強みは、突き・押しを軸としながら、右四つや寄りにも対応できる点です。身長190センチ、体重188キロという体格に加え、立ち合いから相手を前に出させない圧力が持ち味です。
2026年9月場所では12勝3敗で幕内優勝を達成し、幕内優勝回数を通算6回に伸ばしました。10月26日に発表された11月場所の番付でも東横綱に位置しており、二所ノ関部屋を代表する力士として注目されています。
ただし、横綱の成績だけで部屋全体の育成力を評価するのは早計です。横綱の存在は大きな実績ですが、部屋の将来を測るには、十両以下の力士がどのように成長し、関取へ昇進していくかも見る必要があります。
十両・白熊は再入幕を目指す立場
白熊優太は1999年5月25日生まれ、福島県須賀川市出身です。本名は高橋優太。2022年5月場所で初土俵を踏み、2023年9月場所で新十両、2024年9月場所で新入幕を果たしました。
日本相撲協会の公式プロフィールでは、白熊の最高位は前頭16枚目。2026年9月場所は西十両6枚目で6勝9敗となり、10月26日発表の11月場所では西十両9枚目に位置しています。
得意技は右四つ・寄りです。十両への降格は、これまで積み上げてきた実績が消えることを意味しませんが、再入幕に向けて勝ち越しを重ねる必要がある立場です。横綱・大の里とは異なる階層で戦う白熊の成績は、部屋の中堅力士の成長を追ううえでも注目されます。
所属力士・最新番付を確認する方法
日本相撲協会の二所ノ関部屋紹介ページに掲載されている2026年11月場所の番付では、大の里が幕内の東横綱、白熊が西十両9枚目です。そのほか、幕下、三段目、序二段、序ノ口にも力士が所属しています。
幕下には花の海、猪名の山、三段目には麒麟龍、尼王、麟虎、羅漢児らが名を連ねています。序二段や序ノ口にも力士が在籍しており、部屋は横綱だけで構成されているわけではありません。
最新番付は本場所ごとに変わるため、古い記事の順位を現在の番付として扱わないことが大切です。所属力士の一覧を調べる際は、日本相撲協会の公式部屋紹介と各力士のプロフィールを照合すると、番付と所属部屋を同時に確認できます。

【稽古方針と施設】二所ノ関部屋の評判・実態を検証
二所ノ関部屋の特徴は、稀勢の里の知名度や大の里の成績だけではありません。阿見町に新設された施設と、力士の育成に関する方針にも特徴があります。
2面の土俵を活用した効率的な稽古
二所ノ関部屋は2022年6月、茨城県阿見町で部屋開きを行いました。スポーツニッポンや日刊スポーツの当時の報道によると、稽古場には2面の土俵が設けられています。
一般的な稽古場では、力士が土俵を交代で使用する場面があります。2面の土俵があれば、強度の高い申し合いを行う力士と、調整を中心とする力士を分けやすくなります。複数の力士が並行して稽古できるため、限られた時間を効率よく使える設計です。
これは、単に施設を広くしたという話ではありません。力士の人数や状態に合わせて稽古の組み立てを変えやすくすることが、2面の土俵を設ける狙いの一つです。
科学的な稽古とコンディショニングへの取り組み
二所ノ関部屋の公式サイトでは、伝統的な相撲の稽古に加え、科学的なトレーニングやスポーツビジネスの考え方を取り入れる方針が示されています。
新弟子募集の案内によると、部屋にはトレーニング機器が備えられ、栄養面ではプロテインなどの提供や食事に関するレクチャー、個々のコンディショニングに関する支援があります。整骨院との提携による定期的な診療・治療にも取り組んでいます。
また、力士の生活環境については、従来型の大人数で寝食を共にする部屋とは異なり、3人部屋を採用していることも公式サイトで説明されています。集団生活の規律を維持しつつ、個人のプライバシーにも配慮する考え方です。
こうした設備や制度は、けがの予防、身体づくり、稽古の効率化を支えるものです。ただし、設備が整っていることだけで全員の成績が保証されるわけではありません。実際の育成成果を判断するには、力士の番付推移や休場状況、関取への昇進実績などを継続して見る必要があります。
評判を見る際は、実績と環境を分けて考える
二所ノ関部屋については、横綱・大の里の活躍や、元横綱・稀勢の里が指導する部屋としての知名度が大きな注目を集めています。一方、部屋の評判を考える際には、話題性と育成環境を同じものとして扱わないことが重要です。
公式情報から確認できるのは、2面の土俵、トレーニング設備、栄養支援、治療体制、少人数制の居住環境など、育成を支える具体的な取り組みです。これらは部屋の特徴として評価できる一方、指導の効果を客観的に測るには、所属力士の成績や成長過程も合わせて確認する必要があります。
また、横綱を育てた実績があるからといって、すべての弟子が同じように昇進できるわけではありません。相撲は体格、技術、経験、けがへの対応、精神面などが結果に影響する競技です。施設や指導方針に加え、個々の力士の変化を追うことが、部屋の実態を理解するための判断基準になります。
【住所・アクセス・稽古見学】阿見町の部屋を訪れるには
二所ノ関部屋の所在地とアクセス
日本相撲協会と二所ノ関部屋の公式サイトに掲載されている所在地は、次のとおりです。
〒300-1152 茨城県稲敷郡阿見町荒川本郷139-1
公式サイトの案内では、電車の場合はJR常磐線のひたち野うしく駅から徒歩約10分、車の場合は圏央道のつくば牛久インターチェンジから県道48号方面へ約10分とされています。
施設は阿見町内にあり、東京・両国にある相撲関連施設とは場所が異なります。訪問を計画する際は、住所だけでなく、最寄り駅や道路からの経路も確認しておくと安心です。
稽古見学は一般開放されている?
二所ノ関部屋の公式サイトによると、稽古場の収容能力に限りがあるため、稽古見学は原則として後援会会員を対象に、日時を指定して開催されています。地方場所の宿舎についても同様の扱いです。
つまり、住所を調べて訪問すれば自由に稽古を見られるという仕組みではありません。稽古の実施時間や見学可能日が毎日固定されているとも限らないため、見学を希望する場合は、部屋の公式サイトで最新の案内を確認する必要があります。
見学が認められた場合も、稽古の妨げにならないよう、撮影や録音、施設内での行動について主催者の案内に従うことが大切です。具体的なルールは、参加前に確認してください。
新弟子募集と入門条件
二所ノ関部屋は公式サイトで新弟子を募集しており、入門に興味がある人や推薦を希望する人に向けて問い合わせ窓口を設けています。未経験者についても、入門後に相撲の基礎を学ぶ機会があると説明されています。
公式サイトに掲載されている日本相撲協会の入門規定では、原則として義務教育を修了した健康な男子で、身長167センチ以上、体重67キロ以上、年齢23歳未満が条件です。3月場所の新弟子検査を受ける中学校卒業見込者には、身長165センチ以上、体重65キロ以上という例外があります。また、所定の実績などの条件を満たし、理事長が認めた場合には、年齢制限が25歳未満まで緩和されます。
入門を検討する際は、体格や年齢だけでなく、共同生活への適応、継続的な稽古に取り組む意欲、けがをした場合の対応なども考えておく必要があります。具体的な応募方法や最新の条件については、部屋の公式案内と日本相撲協会の規定を確認してください。

【プロの結論】二所ノ関を理解するために押さえたい3つの視点
二所ノ関をめぐる情報は、名称の伝統、部屋の運営、所属力士の実績という3つの視点で整理すると理解しやすくなります。
第一に、名前の継承と部屋の継承は同じではありません。旧二所ノ関部屋は2013年に閉鎖され、2014年に再興された後、2021年末から2022年にかけて現在の二所ノ関部屋へとつながる名称変更が行われました。歴史を調べる際には、どの時期の二所ノ関部屋を指しているのかを確認する必要があります。
第二に、現在の部屋の実態は、師匠の方針と施設の両方から見るべきです。稀勢の里としての実績を持つ二所ノ関親方は、科学的な稽古やトレーニング、栄養面の支援などを取り入れています。こうした仕組みは育成を支える基盤ですが、その効果は力士個々の成績や成長と合わせて評価するのが適切です。
第三に、大の里だけでなく、白熊や幕下以下の力士にも目を向けることが重要です。横綱の優勝は部屋の大きな成果ですが、将来の関取候補がどのように育っていくかも、部屋の長期的な力を測る指標になります。
二所ノ関部屋の現在を知りたい人は日本相撲協会の最新番付と力士プロフィールを、歴史を知りたい人は共同通信や当時の相撲報道を、稽古環境や入門条件を知りたい人は部屋の公式サイトを確認すると、情報を混同せずに判断できます。
【二所ノ関】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:二所ノ関部屋と二所ノ関一門は同じですか?
A1:同じではありません。二所ノ関部屋は個別の相撲部屋で、二所ノ関一門は複数の相撲部屋が属する系統です。二所ノ関は親方が襲名する年寄名跡でもあるため、部屋・一門・名跡を区別すると理解しやすくなります。
Q2:2026年現在、二所ノ関部屋の師匠と所属力士は誰ですか?
A2:師匠は元横綱・稀勢の里の二所ノ関寛親方です。主な所属力士には第75代横綱・大の里と十両・白熊がいます。2026年11月場所の番付では、大の里は東横綱、白熊は西十両9枚目です。最新の所属力士一覧は日本相撲協会の公式情報で確認できます。
Q3:二所ノ関部屋の稽古見学は誰でもできますか?
A3:部屋の公式案内では、稽古場の収容能力の関係から、原則として後援会会員向けに日時を指定して見学会を開催しています。一般の人が自由に見学できるわけではありません。見学を希望する場合は、部屋の公式サイトで最新の案内を確認してください。
まとめ:2026年の二所ノ関部屋は歴史と新しい育成環境を併せ持つ
二所ノ関部屋は、元横綱・稀勢の里の二所ノ関寛親方が率い、横綱・大の里を中心に力士を育成する相撲部屋です。2026年9月場所では大の里が幕内優勝を果たし、11月場所の番付でも東横綱に位置しています。一方、白熊は十両で再入幕を目指しており、部屋には幕下以下の力士も在籍しています。
歴史を振り返ると、旧二所ノ関部屋の閉鎖、名跡の継承、荒磯部屋からの改称、阿見町での新施設開設という複数の転換点がありました。現在の部屋は、伝統の名前を受け継ぎながら、2面の土俵やトレーニング設備、栄養面の支援などを取り入れた育成環境を整えています。
二所ノ関について調べる際は、部屋と一門の違い、旧部屋と現部屋の歴史、そして最新の番付を分けて確認することが大切です。大の里の横綱としての活躍に加え、白熊や若手力士の成長、二所ノ関親方が掲げる育成方針を追うことで、2026年の二所ノ関部屋の現在と今後の展望が、より具体的に見えてきます。 (出典: 二 所 ノ 関(Yahoo!ニュース))